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コメント:「人間が書けてるか」のはなし。

ミステリーっていうジャンル批判に限らず、
作品を評価するときによく聞く単語に、

「人間が描けてない」

っていうやつがある。


個人的には「いつの時代の話だよ」とか思ってたんだけど、
最近の飲み会で、「最近の作家は人間が書けてない」って批判する文学研究者に会ってしまったもんで、
なんとなく「人間が書けてる」「書けてない」について、今面白くなく思っている。


米沢穂信って人は期待の売れっ子作家で、
『向日葵の咲かない夏』とかの道尾秀介って作家さんと並んで、
「ポスト東野圭吾」とか言われてるらしい。

東野圭吾にもそう言えば『容疑者Xの献身』が文学作品的な評価をされかけたのにつけて
「人間が書ける書けない」の議論が付きまとってた気がするけど、
そう考えると、未だに「人間が書けるか」ってのは大きな問題なのかもしれない。

この米沢穂信も、多聞に漏れずそういう作家で、
『ボトルネック』評価にも「「若さ」の影を描き切る」とか、そういう類の言葉が目立つ。

そうだとしたら、何?

人間が書けたら/書けなかったら、なんだっていうの?



社会派ミステリーにしろ「文学」作品にしろ、
社会の暗部をえぐりだす、人間の心を活写する、……いったいそのどこに、魅力があるのか分からない。

「あぁ、なんか分かるな」って登場人物と自分を重ねられたら、確かにその作品はその人にとって特別になるだろう。
自分が虐げられてる状況が作品の中に投影できたら、そこである種のカタルシスは得られるのかもしれないし。


だけどそれが「社会」とか「人間」とかに 普遍化 される必要がどこにあるのか分からない。

それに、社会とか人間を書き切りました、みたいに押しつけがましくされても、「知らねーよ」って話で。


まぁ、できるだけ多くの共感を得ないと出版業界も成り立たない訳で、
そういう商業的な観点から「より広い、普遍的な人間に当てはまる人物を描け!」って言うのなら分かんないでもないんだけど。




そんなこんなな感慨を抱きつつ「若さ」っていうつらさを描き切ったとの評価が高い『ボトルネック』を読んだのですが、
「プロが認めたこの実力」!(文庫版帯より)
はちょっと実感できないまま、
あ、でも「若さ」の影には反吐が出るほど実感しながら、
一つ痛切に思ったのは、

「おしゃれ」を描写したいときには、服のことあんまり書かない方がいいよなぁ、ってことでした。


なんか、詳しく色とか形とか書かれても、私の想像力の乏しさなのか、
「その組み合わせ……センスあるか?」ってことが多々ある。

公平性を期すために本文から服の描写部分を抜粋しますが、

「腰に手を当てたサキは、昨日の部屋着とは打って変わって洒落た服で着飾っていた。
 ロングTシャツの上にしわ寄せ加工したキャミソールを重ね着し、さらに白いファーベストを羽織って、下は黒いフレアジーンズをはいている。胸元にフェザーネックレス。鈍く輝いて視線を惹きつける。」
「ペイズリ―柄のチュニックにスウェットを羽織って、エメラルドグリーンのマフラーを巻いていた。」
「黒のタートルネックセーターにベージュのジャケット、白いビーズで飾られたデニムパンツ。」
 云々。

……なんか、こうして見ると米澤さん「羽織りもの」好きだね!ってのは置いといて(舞台設定も冬だしね)

ここに抜いてるのは全部おしゃれさんの描写なんだけど、
「え―――…、これ、おしゃれ…か?」って、思うんですよ私は。


センスなんて個人個人で違うもんだしね、
あんまり細かく細かく書かないで、読み手の想像力に委ねる必要があると思う。

「おしゃれ」描写に関しては、件の東野圭吾とか森博嗣辺りもやらかしてる気がする。

なんか、質感とか、色合い、雰囲気、程度にとどめた方がいいよねたぶんね。
最初のサキの描写にしてもさ、
まぁ「洒落た服で着飾っていた」って言っちゃう文章の野暮ったさはいかんともしがたいけど、
上から下まで全部書くんじゃなくて、
「ファーベストの白さ」が似合っている、ってことを描くなり、
「目を引くフェザーネックレス」がなんで目を引くのか描くなり、
こう、ポイント絞るとかね。分からんけど。

江國香織とかその辺ふわふわ曖昧にしといてしておしゃれっぽくまとめる印象あるけど
今度注意して読んでみよう。「おしゃれ」描写。


ってことで、『ボトルネック』でいちばんつよく印象に残ったのはそこでした。


主人公がくだらな過ぎてやるせないです。
ほんと「若さ」の影。くっだらない意味で。リアルでした。
これが「人間」描いてるってことなのかしらん。

ただ、いっちばん最後は読んで「にやっ」ってしちゃった。
「えーーー!どっちなのーーー!?どうなるのーーー!?」的なとこでバツッと話は終わるんですが、

「あ、これで大丈夫じゃん」って。

わかるなー、「ぼく」!
そのへんは、個人的にはやられたな。

ぼく = 私 、でした。



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