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 乱歩賞に未完のまま(第二章まで)で応募して、受賞する気でいたという驚くべき思考回路の作家が残した「巨編推理」物。

「ザ・ヒヌマ・マーダー(氷沼家殺人事件)」が企まれているかもしれない!!
危険を嗅ぎあてた氷沼家を取り巻く推理小説愛好家たち。真相を探ろうとこぞって立ち上がり、それぞれの推理を披露していくが・・・!?

と、ふざけて書いてしまえばこのような内容で、筋をまとめればその構造は、本場イギリスから受け継いだ由緒正しき推理物。

乱歩賞は当然落ちてしまうわけですが(だって完成してないんですよ?
その後、荒正人とか三島由紀夫とか埴谷雄高とか、なんか偉い人に取り上げられるにつけ、有名になっていく作品です。



ノックスやヴァン・ダイン、江戸川乱歩の推理小説作法を実際の事件の推理に持ち出して、「使用されたトリックに目新しさがなければいけない」とか言い出すおじいさんがいたかと思えば、原爆で死んだはずの人間を復活させてまで犯人と名指すホームズ信者のお嬢さんや、畸形の赤ん坊のような犯人が密室の中の洗濯機に隠れていたのだ!なんていう推理まで、あくまで大真面目に並んでくるものだから手に負えない。

さらに、探偵役や被害者側に紛れていた事件の黒幕によって、探偵たちの滑稽な推理が、実際にこの世に出現したかのような演出までされ、それに混乱する探偵役の一人兼語り手が「僕の頭は狂っているのかもしれない」なんて言い出すのだから、『黒死館殺人事件』や『ドグラ・マグラ』に連なる、第三の奇書、なんて評価が今日でされているのも仕方のないことかもしれません。



どうにもこうにもずれている、不器用な探偵たちが繰り広げる雑多な推理、
それを現実に生み出して、事件をカオス化してしまう黒幕たち。
「ザ・ヒヌマ・マーダー」は、どんどんと膨らんで謎を深め、「奇書」と呼ばれるに足る複雑化の一途をたどるのですが、
しかし最後には、殺害者の告白によって、連続大量殺人事件と思われたものが、単なる偶然であったこと、実際の殺人はたった一つに過ぎなかったこと、そして、そのたった一つの密室殺人事件の単純なトリック、さらには、その殺人犯の、あまりに倒錯した、矮小で切ない動機が明らかになってしまうのです。

行き場を失う、読者の好奇心と混乱。


アンチ・ミステリー(反推理小説)というものについてずっと考えていた、という作者が生み出した、今となっては、神話化されているとも言える一冊。



読んでおいて損はないですが、
「なんだ、こんなものか」と思ってしまったら、それは、作者・中井英夫のブラックホールにはまり込んでしまうのかもしれない。

殺人事件に決着をつける、という筋を持った小説の、結末がどうなっていたら、あなたは納得するのか。
どうなれば、殺人事件そのものに、決着がついたと思えるのか。


何を疑って、誰を信じればいいのか。
『虚無への供物』の「ザ・ヒヌマ・マーダー」はあまりにあっけなく幕切れてしまいますが、その幕切れまでに膨らむ、読者自身の暗い期待は、本を読み終わったあとにブラック・ホールと化し、読者の心に巣食うのです。
たぶん。



ていうか、それだけ、壮大な前フリの割にきちんとこざっぱりと解決してしまうという、正しい推理小説なのです。


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